猫のこと

見た目は王子、中身は世話好きなおじさん|ずっとしゃべっている猫の話

保険猫シドニー

私は保険猫シドニー。事故担当者の心のオフィスに住む猫。 ……と言いたいところだけれど、今日は事故の電話ではない。

今日は、我が家でいちばんよくしゃべる猫の話だ。


猫界の王子様、ノルウェージャンフォレストキャット。 豊かな毛並み、凛とした立ち姿。 黙っていれば、北欧の深い森からやってきた神秘の象徴みたいな顔をしている。

我が家の長男、「おうじ」(仮名・5歳)も、見た目だけならまさにそのタイプだ。

見た目だけなら。


「うにゃうにゃ」 「るにゃ〜?」 「んあぁっ」

今日も朝から、よくしゃべっている。

しかも、ひとことでは終わらない。 短い鳴き声を何発か打って終わり、みたいな可愛いものではない。 ちゃんと一席ぶっている。独演会である。

仕事で神経を使い果たして帰宅して、「ああ、家では静かに暮らしたい」と思いながら玄関を開けた瞬間、

「うにゃっ」 「るるにゃ」 「んにゃあー」

と始まる日も多い。

たぶん「おかえり」だけではない。

「今日ちょっと遅かったよね」 「さっき弟分が変なテンションで走ってた」 「それよりごはんの時間について一度話したい」 「あと窓の外の鳥、見た?」

くらいは言っている気がする。


事故対応を20年もやっていると、相手の言いたいことを汲み取る力はそれなりにつく。 怒っているのか、不安なのか、困っているのか。電話口の沈黙ひとつで、空気が変わるのもわかる。

なのに、この「おうじ」の”うにゃうにゃ”だけは、いまだによくわからない。

何か要求があるのかとついていく。 ごはんでもない。水でもない。トイレでもない。遊びでもない。

ただこちらを見上げて、もう一度しゃべる。

そして私が「そうか」「それは大変だったね」「なるほどねえ」と相槌を打つと、少し満足そうな顔をする。

これ、会話というより接待である。


姿かたちは、本当に美しい猫だ。 ふさふさの毛並み、まっすぐな鼻筋、堂々とした体つき。 「#猫のいる暮らし」とか「優雅な猫時間」とか、そういう言葉が似合う顔をしている。

でも現実は、その優雅さの横でずっと口が動いている。

気品のある見た目と、近所の世話好きなおじさんみたいなおしゃべり。 この温度差がすごい。

他の5匹も、たぶんそう思っている。 「また始まった」みたいな顔で見ていることがある。


特に面白いのが、私がパソコンを開いたときだ。

noteを書こうとすると、だいたい来る。 キーボードの横に陣取って、画面をのぞき込みながら、

「うにゃ」 「にゃるる」 「んあ」

と、何か言う。

あれはたぶん、

「その一文、ちょっと固い」 「猫の出番が少ない」 「もっとこっちの魅力を書いた方がいい」

などの編集意見だと思う。

そう考えると、我が家でいちばん身近な編集部員は彼なのかもしれない。 だいぶ声が大きいけれど。


殺伐とした事故現場の話や、ピリついた電話を一日聞いたあと、家でこういう取りとめのない”うにゃうにゃ”を聞いていると、ふっと力が抜ける。

世界は思ったより平和かもしれない、と思う。

王子らしい威厳は、正直あまりない。 いや、あるにはあるのだけれど、しゃべりすぎて薄まっている。


言葉は通じない。 何を言っているかも、よくわからない。 それでも、こちらの顔を見ながら一生懸命しゃべってくる姿を見ていると、削れた神経の表面が、少しずつやわらかく戻っていく。

高級なセラピーではない。 北欧の森の神秘でもない。 ただ、よくしゃべる猫がひとりいるだけで、家の空気はかなり救われる。


今日も「おうじ」は、私の足元で何かを訴えている。

たぶん、「キーボードばかり叩いてないで、こっちの話も聞いて」ということだろう。

ごめんよ。今はちょっと締め切りがある。

……あ、そんな顔しないで。 わかった。あと5分だけ。

5分だけ、全力でその”うにゃうにゃ”に付き合おう。

その代わり、次の記事の「いいね」が増えるように、王子の権限でなんとかしてほしい。 北欧の森の加護でも、おしゃべりの勢いでも、どちらでもいいから。

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